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INTERVIEW 新島八重から受け継いだ“ハンサムウーマン”の系譜

新島八重の精神を受け継ぎ、しなやかにたくましく生きる「ハンサムウーマン」たちの姿を追ったインタビュー。

タップダンサー 中西浄華さん(右) KIYOKA NAKANISHI 2013年文学部英文学科卒 中西優華さん(左) YUKA NAKANISHI 文学部英文学科2年次生

Profile

浄華さん11歳、優華さん8歳の時にタップデュオ結成。2007年、ニューヨークで行われた「Tap City Festival」のオーディションに合格、初の日本人ユースチームとして参加。現地マスコミから高い評価を受ける。2010・2011年にはタップダンスコンテストでグループ部門二連覇達成。現在は大学で学ぶ傍ら姉妹タップデュオ「華~puspa~」として活動中。ダップダンスサークル「ShimSham」OG・所属。振付や構成、編曲まで全て自分たちでこなし、ジャンルを超えた新しいスタイルを追求し続けている。

INTERVIEW 03 新たなスタイルを追い続けて。タップ界に咲く2つの「華」

タップダンサー 中西浄華さん・中西優華さん

中西浄華さん(姉)・中西優華さん(妹)

タップを始めたきっかけは何ですか?

浄華小さい頃から体操クラブや劇団などいろんな習いごとをしていたんですけど、どこに行っても踊っている時が一番楽しそうだったらしいんです。そこで4歳からダンススタジオに通い始めました。そのスタジオの先生が、「どのダンスを極めるにしても、まずはいろんな経験をするべき」という方針の持ち主で。ジャズやヒップホップ、バレエなどあらゆるダンスを習った中で、一番惹かれたのがタップだったんです。小学3年生の時にはすでに「タップダンサーになる!」と宣言したのを覚えてますね。その後、11歳で妹と組んで活動を開始しました。

優華姉の姿を見て、私も3歳からダンスを習い始めました。結成時の名前は「BLACK PEPPER」。小さいのに刺激的という意味でつけたんですが、そのうち私たちが小さくなくなってきて。2006年に、2人の名前に共通の一字をとって「華~puspa~」に改名しました。

タップダンサー 中西浄華さん・中西優華さん

踊る時に心掛けていることはどんなことですか?

浄華名前の通り、華やかで見る人が元気になるようなステージにしたいと思っています。もともとタップには悲しい歴史があって、黒人奴隷が楽器も言葉も取り上げられて、最後に足で踊ったのが始まりなんです。でも、それが彼らの生きがいになったんですね。だからこそタップは人を幸せにするダンスだと思うので、見た人に笑顔になってもらえるように私たちも笑顔で踊っています。

優華技術面で言うと、タップは足で踊るというイメージがあると思いますが、私たちがつくりたいのは全身を使ったタップなんです。せっかくいろんなダンスを習ってきたので、それを生かした方がもっと観ている人に楽しんでもらえるんじゃないかと思って。

浄華独自のスタイルが評価してもらえず、行き詰まった時期もありました。でも、2007年に参加したニューヨークのタップフェスティバルでは、皆さんに「こんなタップ初めて!」と言ってもらって。嬉しかったですね。私たちはジャズダンサーとしての活動も続けていますし、ジャンルにこだわらず、どんどん新しいスタイルを切り拓いていきたいです。

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