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INTERVIEW 新島八重から受け継いだ“ハンサムウーマン”の系譜

新島八重の精神を受け継ぎ、しなやかにたくましく生きる「ハンサムウーマン」たちの姿を追ったインタビュー。

フリーアナウンサー 八木 早希さん SAKI YAGI 文学部英文学科2001年卒

Profile

ロサンゼルスで生まれ大阪で育つ。小学4年から3年間を韓国で過ごし、高校在学中にアメリカ・シアトルへ留学も経験。「いろんな人がいて世界が広がりそう」という思いから同志社大学へ進学し、2001年に毎日放送入社。2006年、優秀なアナウンサーに与えられる「アノンシスト賞」(フリートーク部門)受賞。同年、「韓国観光名誉広報大使」に任命される。2011年よりフリーアナウンサーに転向し、現在は日本テレビ系「NEWS ZERO」、関西テレビ「たかじん胸いっぱい」などに出演中。

INTERVIEW 01 「人に会いたい」その一心で、体当たりで歩んできた日々

フリーアナウンサー 八木 早希さん

アナウンサーを目指したきっかけを教えてください。

小学4年の時にテレビでソウルオリンピックを観て、ジョイナーという女性の陸上選手にすごく憧れたんです。化粧もネイルもばっちりの、すごいオーラを持った選手だったんですけど。彼女が優勝した次の瞬間、マイクを持った人が駆け寄ってインタビューを始めて、「マイク持てばジョイナーと喋れるんや!」と思ったのがそもそものきっかけでした。小さい頃からあまり人見知りをしない方だったので、世界中の人と会いたい、普段会えない人と話をしたいと強く思ったんです。

大学に入ってしばらくは大学生活を思い切り満喫していました。片道2時間以上かけて通い、さらに駅から坂を歩いて…遠かったですが、それも今思えば楽しかったですね(笑)。ただ、3年から就職活動をしなければいけないということは知っていたので、2年の時に初めて真剣に将来について考えました。そこで小学生の時の原体験を思い出し、アナウンサーという道が見えてきたんです。

フリーアナウンサー 八木 早希さん

実際にアナウンサーになるために、どんな努力をされましたか?

まずは在学中からテレビ局でアルバイトを始めました。担当は気象予報士の助手。ワイドショーの天気予報で「続いては降水確率です」とお天気キャスターの方が言ったら、ボタンを押して画面を変える…といった仕事でした。そこで初めてテレビの現場に触れて、実際のアナウンサーの方も見て、憧れがますます強くなっていきましたね。

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